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2004年8月 「活動日誌」

8月31日(火) 「世田谷区基本計画(素案)」について。区長、どうしちゃったのでしょう?

昨日、ヒアリングした内容の大きな柱の一つ「世田谷区基本計画(素案)」ですが、今、私は、この素案が出される背景となっている「基本計画審議会」の議事録(こちらから入って見ることができます)を読み解いている最中です。

わが会派では、「区長の私的諮問機関である(区長直属の)審議会に議員が入ることは、議会の二元代表制からしておかしい。議員は議会で議論すべき」と主張して、審議会メンバーになることを断ったので、審議会には出ていません。ですから、議会に向けて“議事録を読む”、という作業をしています。

 

まだ、議事録を読む作業も途中ではありますが(何しろ、膨大な量なので・・・)最初の、“区長が審議会に託した熱い想い”からすると、最後のまとまり具合には大きな隔たりがあるように感じます。例えば・・・

「第6回の審議会」に提出された「資料8」においてですが、そこでは、「総合型計画をやめて戦略型計画にする方向」を強く出しています。

「総合型計画」とは「総花的計画」ともいわれ、前大場区政時代(高度経済成長期)に多様された手法です。熊本区長は、総合型計画の欠点を明示し、「総合型計画を脱却し、骨太の戦略型計画を目指し選択と集中を目指した基本計画にして頂きたい」という諮問をしている、と読み取れるのですが・・・、

 総合型計画の問題点
  1、内容が総花的かつ抽象的で、優先順位が不明確。
  2、政策をリードする力に欠ける。
  3、「いつまでに」「何を」「どのように」という具体性が弱い。
  4、政策の効果の検証が欠如。
  5、住民参加による策定・実施・評価等が弱い。

・・・にもかかわらず、出てきた「基本計画(素案)」は、当初の“熊本区長の熱い想い”はどこへ行ってしまったのか?結果として元に戻ってしまった(前大場区政と同じような計画?)、という印象を受けるのです。

まだ「素案」の段階ですが、どうしちゃたんでしょ、区長。

 

 

8月30日(月) 5時間に及ぶ「補正予算説明」

今日は、午後1時〜6時まで5時間、「第一次補正予算説明」と、各所管の方針や検討の素案などの説明を受けました。

その間、休憩は7分を1回のみ、で、その時に、(11月から順次、出張所に設置される「(印鑑証明などの)自動交付機のデモンストレーション」を試しに行ったため、実質的にはほとんど休憩時間は無し、でした。

これは、各会派ごとに、行政が議員に対して今年度の補正予算について説明する催しなのですが、今回は以下のメニューの通り、(スキャンした状態がピンボケで見づらくて恐縮です)説明項目が12もあって、しかも、ひとつひとつがかなりボリュームのある、重要案件ばかりです。

5時間でも全く時間が足りない!しかし、その後も会合の予定があったため、最後のふたつはほとんどパス!また日を改めて、ということにして、会派としては聞き足りない、言い足りない、でも今日はとりあえず終了、としました。

これらについては、追って、個別に取り上げ、報告したいと思います。区民の皆さんが項目を見ても、おもしろくも何ともない、興味が持てない、と思われるかもしれませんが、実は、2、3、4、5、などは区政の根幹をなす、とても重要なことなのです。しっかりチェックし、意見しなければ、と思います。12の教育ビジョンについては、一昨日の日誌でちょっと触れていますが、これも大変重要な案件です。

添付資料もたくさんあります。「議員って一体何してるの?」と思われる方がいらっしゃるかもしれませんが、資料に全部目を通しまじめに取り組んだら、いくら時間があっても足りない!という仕事です。

また、会派としても忙しい時期が始まります。がんばらなくちゃー!(あ、あくまでも、まだ療養中の身なので、無理しない程度に・・・)

 

 

 

 

8月29日(日) シンクロ日本チーム、銀メダル!

あと1日でアテネ・オリンピックも幕を閉じます。今大会は、日本人選手の活躍がすばらしかったですね。見応えのある大会でした。

さて、(一日遅れの報告ですが)日本シンクロチーム競技「銀メダル」を獲得しました。デュエット同様、「打倒ロシア!今度こそ金メダルを!」と頑張ってきただけに、残念といえば残念ですが、でも、だれもがあのロシアの演技のすばらしさは認めるところでしょう。日本の審判員・市橋晴江さん(私が選手時代もコーチ時代も「東京シンクロクラブ」でお世話になっていた先生です)も、ロシアには10点満点を出しました。

 

あれだけの高度な技術を組み入れ、しかも同調性をもたせる、ということはどれだけ至難の業か、感動ものでした。もちろん、日本チーム(今回は「東京シンクロクラブ」から二人の選手が出場していました)のレベルの高さもそれに匹敵するくらいすばらしいものでした。

やっていた人間には、何がどのくらい苦しいか、難しいか、どれくらい練習が必要か、がよくわかるので、感動もひとしお、というところです。心から、おめでとう!ご苦労様でした!と拍手を送ります。

 

「シンクロ競技を見ていると田中さんのことを思い出します」と、メールを下さった方が何名もありました。ありがとうございました!

私は、“チーム要員”の一選手に過ぎませんでしたが、それでも、練習はきつかったですねー。土日祝も休みなし。放課後だけでなく、早朝練習(学校に行く前)もあり。営業用のプールを借りて練習していたので、朝は練習の前にプールの中の掃除も(水中掃除機で)、選手たちが交代でしなければならない・・・そうすると練習前に体が冷えてしまって、ものすごくつらいんです。本当によくやっていました。

アテネではテロ対策に膨大な費用をかけて、地対空ミサイルまで配備する警戒態勢がとられていましたが、(現時点では)心配されていたテロもなく、無事終了できる(できそうな)ことに安堵しています。(日本時間25日未明に、ロシアの旅客機が2機ハイジャックされ墜落、89人全員死亡」というテロが起こっているのは非常に残念なことですが・・・)

次のオリンピックは「北京」。勢いのある中国が4年後にはさらに発展し、経済力、スポーツの力、共に、ますます強くなっているのではないかと思われます。日本も頑張ってほしいですね。

 

 

8月28日(土) 『世田谷区教育ビジョン中間報告(素案)』について

私は、平成14年の9月議会(第3回定例会9月18日・・・「定例会」「教育ビジョン」で検索できます)において、「これからの公教育や公立学校というものをどのようにイメージをするのか、それを展望する 教育ビジョンを策定することが必要である」と訴えています。そして、当時の小野教育長から、「将来を展望する 教育ビジョンの策定につきましては、その必要性は十分に認識しておりますので、私といたしましても、今後早急に取り組むべき課題であると考えております」と、実のある答弁が得られました。その後の議会でも、教育ビジョンの必要性については、他会派から質問が続いていました。

あれから2年。今、世田谷区教育委員会では、その『教育ビジョン』を策定中で、先日、中間まとめ(素案)が出されました(各会派に、補正予算説明と同時に配布されていますが、正式には、9月2日の文教常任委員会で示されます)

今日はその内容に目を通していたのですが、以下のような新しい考え方や施策が載っています(個別に一部を抜粋)

教育ビジョンがめざす子ども像=せたがやで育てる世界へはばたく子どもたち

「地域教育コーディネーターの育成」
「地域ニーズに合った図書館運営」
「地域運営学校の設立」
「区内大学との連携(大学生による部活の技術指導、等)
「幼児期にふさわしい教育の推進(公私立を問わない幼稚園・保育園の教員・保育士の資質向上のための研修)
「世田谷独自の教員塾」
「校長・教頭を対象とした学校経営塾」
「学校ホームページの充実で積極的な情報発信に努める」
「開かれた教育委員会(世田谷の教育を語る会の設置)
「教職員採用などの人事権等、文部科学省の教育改革に迅速に対応できる体制を整備」

この中には、私が議会質問で訴えてきたこと(大学生による部活動指導の支援、教員の質の向上、ホームページの活用で情報を発信し、学校の透明性を図ること、人事権の委譲について等々)や、会派を挙げて取りくんできたこと(特に、幼児教育の重要性についてなど)が、しっかり盛り込まれています。議会で質問する、ということの意味、重要性を改めて認識している次第です。

今後、さらに詳しく内容を見て、本案の策定に向けて注文することがあれば意見していきたいと思いますし、ビジョンを掲げた後、実際にどのように予算化して施策を進めていくのかを見て行かなければ、と思います。

 

 

8月27日(金) ひたすら休養の一日

今日は、改築中の区立船橋小学校の見学会があり、視察に行くつもりだったのですが、起きられない。身体中がだるくて、全身からベッドに根が生えているかのように、起きようとすると“重い”・・・・。朝、中学生の息子を何とか部活に送り出して、またすぐベッドへ・・・。

昼頃、部活から子どもが帰ってきたので、やっとの思いで昼食を作ったものの、すぐにバタンキュー!そして、夕方も過ぎ、夜になって、また夕飯を作らなくちゃ、と起きて、食事を済ませて、ようやくパソコンに向かっている、という状況です。(結局、船橋小に行くどころか、1歩も外には出られませんでした)

ここまでだるいと熱でもあるのかな、と思いましたが、計ってみると平熱。延々と眠り続けられる、というのは、身体が休んでくれぇ〜と訴えている証拠かな、と思いつつ、やらなければならないことは後回しにして、とにかく今は快復することを優先させなくちゃ、と、今日はひたすら休養していました。

今日で、術後4週間。大分快復してきたものの、まだ傷口周辺は、切断された神経がつながっていないのか麻痺状態。腫れていて痛みもあります。昨日は、役所の控室で、9月議会に向けての戦略会議(?)を幹事長の大庭正明議員としていたのですが、まだ、一日ひとつ用を足すだけで、どっと疲れが出てしまう、という状況です。(やはり、開腹手術というのは大変なコトなのだなー)

今週は、他の会派はすべて、行政からの「補正予算説明」を済ませていますが、我が会派は、上島よしもり議員が「予備自衛官補の訓練」でいないため、来週の月曜日に説明を受けることになっています。重要案件がたくさん出てくる予定で、9月議会(決算委員会もあります)は、会派としても本腰を入れて取りくまなければなりません。

今日みたいな体調だと困ったものだなぁ、と思います。でも、休めるときに十分休む、と覚悟を決めて、焦らずいこう、と思います。

 

 

8月26日(木) ウィルスメールとの闘い、(とりあえず)勝利!

今月20日の「活動日誌」、最後のところに、毎分毎分届くウィルスメールに閉口・・・と書きました。

何とか、着信拒否にできないものか、と色々探すのだけどわからない。・・・そうこうしていたら、友人からのメールで「自分のルールを作っては」というアドバイスあり。「自分のルールって何?」と思いながら、探してみたら、ありました!「ツール→メッセージルール→メール」、そこにウィルスメールのアドレスを入力。そして「サーバーから削除」とやったら、大成功!

ここ数日間、メールを開く度に、受信BOXいっぱいのウィルスメール(と、ウィルス添付ファイル削除のお知らせメール)にため息が出ていたのが、これで気分もスッキリ!ストレスがひとつなくなりました。これから、また違うアドレスのウィルスメールが来ても大丈夫!と思うと、気が楽です。

それにしても、(前にも書きましたが)どうしてこんなことをする人間がいるのでしょう?そういう能力があるなら、もっと建設的な、世の中の役に立つようなことに使えばいいのに。人の迷惑になること、人が嫌がること、人に嫌われるようなこと、でしか能力を使えない、社会参画できない、というのはあまりにも情けなくない?それで何が楽しい?と、聞きたいです。(一説には、ウィルス・バスターのソフトを売るために同じ業者がウィルスを開発してばら撒いている・・・という話もありますが、まさか、と思いたいですよね)


ところで、アテネ・オリンピック、シンクロ「デュエット競技」、日本の立花&武田組は、銀メダルでした。
今度こそ金メダルを!と意気込んでいましたし、期待していただけに、「あぁー」と残念に思う人がたくさんいると思います。日本のデュエットは、誰が見ても、悔いのない最高の演技ができていた、と思います。あそこまで仕上げるのはどれほど大変だったことだろう、と感動しました。

 

それでも、私は、今回のロシアの演技は文句なしの金メダルだ、と感じました。あの技、完遂度、同調性、美しさは、“完璧”でした(審判員10人中8人が10点満点を出したのも頷けます)

どちらも最高の演技を出し切った上での結果だから、これはもう仕方がない。すばらしい銀メダルだった、と拍手を送りたいです。

(審判競技で一番いやなのは、審判に対する不満が強く残る結果となった場合です。それがなければ、悔しくても、さわやかな気持ちで次に臨めるでしょう) 

次は、ティーム競技で、また最高の演技を見せてほしいです。頑張れ日本チーム! 

写真中央の井村雅代コーチは、私が選手だった頃・・・27年前・・・からすでにコーチをされていました。当時は「浜寺水練学校」のコーチ。私は「東京シンクロクラブ」所属。全日本選手権ではいつも「浜寺」が優勝争いのライバルチームでした。

 

 

8月25日(水) 『区のお知らせ』を活用しよう!

毎月1日、15日、25日は、世田谷区の広報『せたがや』が発行される日です。
今日、8月25日には、いつもの区のお知らせの他に、『生涯学習特集』が新聞折込で配布されました。

この『区のお知らせ』には、色々な情報が盛り込まれていて、活用価値が大きいです。今、こうして政治参画している私があるのも、一番最初のとっかかりは『区のお知らせ』でした。

子どもが小さい頃(おそらく多くの女性が感じることだと思いますが)、毎日毎日子どもの世話と家事に明け暮れ、社会との接点がない焦燥感や、自己実現をしたいという想い等々で、悶々とした気持ちに私は陥っていました。そして、子どもが1歳になる頃(母乳育児が終わったので)、仕事(当時はタイ語講師)に復帰しましたが、週に1、2日程度で、先々どうしたらよいものか、悩んでいました。

世の中の多くの女性たちと同様に、なぜか私も「3歳までは母の手で(育児を)」という「3歳児神話」(敢えて“神話”と断言します)に洗脳されていて、その他の選択肢は考えられない状態でした。

その呪縛から解き放たれたのは、『区のお知らせ』を見て申し込んだ「代田リフレッシュセミナー」(女性セミナーのひとつ)に参加したのがきっかけです。そのセミナーでは、各分野で活躍している講師が、色々な方面から様々な可能性が引き出せる!という話をしてくれて、新鮮でした。同じように悶々としている仲間たちとの出会いも、お互いに励ましあえるいい刺激となっていました。

私がそこでまず開眼したのは、「3歳までは・・・」は「神話だったのだ!」ということ。そして「保育園育児はどうもとてもいいみたいだ」ということ。私はそれに気づいた日から、「子どもを保育園に預けて仕事と育児を両立させよう!」と決意し、それに向かって人生設計を新たに描きました。(具体的には、日本語教師にも復帰すべく就職活動をし、日本語教師能力検定試験を受けて資格をとり、タイ語講師の仕事も増やせる環境にしていきました)

また、『区のお知らせ』で見つけた(区が主催する)「らぷらすウィメンズカレッジ」にも参加して、「女性学」を学び、それが今の私をつくる大きな財産となっています。これらの講座を受けたおかげで、政治参画にまでつながっていますし、人生を積極的に楽しむ、という生き方が出来ているのだと思います。(それは、結果的に、家族にとってもいい影響を与えている、と思います。家庭の主婦が、悶々とした気持ちで不機嫌に過ごしていたら、家族皆が楽しくなくなってしまいますよね)

あくまでも、これは私の例で、「だからすべての女性が、子どもが小さい内から保育園に預けて仕事をすべきだ」という考えではけっしてありませんので、誤解のないようお願いします。「仕事をしたい、続けたい、という選択肢も認められる社会であること」、が大切だと考えます。選択肢が多いことが、すべての人にとって人生を豊かにすることにつながるからです。

『区のお知らせ』は、女性向けの講座ばかりではなく、「男性のための料理教室」や「子育てセミナー」、高齢者向けの「健康プログラム」「スポーツ教室」、区内大学で行なわれる「リカレント教育(再教育、回帰教育)プログラム」等々、よく見ると、役に立つ講座や楽しめる催しの情報がたくさん載っています。

区民の皆様、ぜひ、『区のお知らせ』をチェックして、世田谷区民でよかったー!と思える体験をして下さい。

 

 

 

8月24日(火) 「参院落選4人の夏」(朝日新聞)・・・みどりの会議のその後

今日の朝日新聞の政治欄に「参院落選4人の夏」というタイトルの記事がありました。

登場人物は・・・
「自民・上野公成氏(65歳)→建設族、変身を模索」
「民主・土屋正秀氏(38歳)→脱“落下傘”へ祭り行脚」
「共産・畑野君枝氏(47歳)→介護の現場で政治再考」
「みどりの会議・中村敦夫氏(64歳)→第三の道、次世代に期待」・・・です。

 

「みどりの会議」の理念は、これからの日本に、地球に、なくてはならない理念だと思います。ヨーロッパやオーストラリアでは、すでに「みどりの党」が主流になっていて、ドイツでは政権与党に入っています。環境問題は待ったなし!の課題であるにもかかわらず、日本は意識も政策も遅れています。

国会に「みどりの会議」の議席がなくなってしまったことは、大変な痛手です。私のところにも、応援して下さったたくさんの方々から、「非常に残念です」というメールが届いています。これから全国的に「みどりの会議」を組織するのはとても難しいことだと思いますが、少なくとも、私自身は、中村敦夫氏から学んだことを活かして、区議会の中で頑張っていこうと思います。

中村敦夫さん、事務所のみなさん、本当にお疲れ様でした!

 

 

8月23日(月) アテネオリンピック、日本選手大活躍!

アテネオンピック、連日、日本選手の活躍が見られて、すばらしいですね!(応援する私たちは睡眠不足になってしまいますが・・・)

昨夜の女子マラソンの視聴率は、平均で19.2%、野口選手の金メダルのゴールの瞬間は、午前2時26分にもかかわらず、29.2%に達したということです。

NHKとBSの視聴率は含まれていない、ということですから、実際にはもっと多くの人が見ていたのでしょうね!

私も、眠い〜!と思いながらも、見てしまいました。やはり生中継は臨場感があって緊張が走り、迫力があります。

現在の国別メダル獲得数によると、日本は金メダルの数では第3位(13個)、メダル合計数(26個)では第6位につけています。

日本のメダル獲得状況(競技別の詳細)こちらです。

日本選手の活躍は、本当に嬉しいものですが、それにしても、これまでの強豪と言われていた国々はどうしちゃったの?と思いませんか。(もしかして、ドーピング検査が厳しくなったから?・・・などと疑いたくもなってしまいますが・・・) 

柔道の大活躍、水泳ニッポン&体操ニッポンの再来、等々、言い出したら切がないのでやめておきますけれど、いずれにしても、まともに頑張ってきた日本選手が、国際舞台で高く評価されるのはすばらしいことです。

しかし、中には、金メダルの第一候補!と騒がれながら、まさかの敗退・・・という選手もいます。本人はじめ、コーチや家族、周囲の人々はつらいだろうなぁ・・・と私まで心が痛む思いです。その悔しさと言ったら、言葉では表せないくらい強くてつらくて苦しいものだろうと、一応、体育会系で過ごしてきた私には実感として想像できます。

私にも、今思いだしても悔しくてしかたがない!という大会があります。でも、その挫折経験は、実は何より貴重な経験となっているのかも、と、今では思えます。「挫折」は、人間を強く、大きく、成長させるものですよね。

嬉しいことも悔しいこともすべてをバネにして、次への躍進につなげてほしい!と心から願っています。いよいよ、シンクロナイズドスイミングの競技も始まります。

引き続き、頑張れ、日本選手団!!

 

 

8月22日(日) 旧同僚と20年ぶりの再会

今日は、その昔、中学校の教員だった時同僚だった友人(音楽の先生)のソロリサイタルへ。

体調がまだ今ひとつなのでどうかなぁ、とギリギリまで様子見をしていたのですが、少し外に出て歩いた方がいいかもしれない、と、リハビリを兼ねて出かけました。歩く速度はいつもの2倍の時間がかかります。

そのリサイタルで、もう一人の同僚だった人(国語の先生)に、20年ぶりに再会しました。あれからずーっと、教育現場で頑張っているんだー、と、感心。リサイタルが終わってから、喫茶店で話をしたのですが、彼女のお連れ合い(現在、某市の公立中学校の校長先生)は、私が新任教諭として着任した年に担当した学年が一緒で、色々お世話になった方です。本当になつかしかったです。

とはいえ、過去の話よりも、現在の教育問題で話が盛り上がり、今の教育現場がどれだけ大変か、ということを詳細に聞くことができました。

文部科学省がきまぐれのように出してくる教育改革案、現場では大変な混乱を招いています。「ゆとり教育」を謳った『新学習指導要領』も、結局は、総合学習や選択授業を増やしたことにより、本来の教科時間が減って、子どもたちの基礎学力が定着しなかったり、教師たちも、選択だ総合だ、と様々な授業に追われ、教材研究・授業準備の時間がとれなかったりしている、ということです

だいたい、自分の国の言葉を学ぶ教科が週3時間しかないなんておかしい!そんな国が他にある?と、国語の先生だからこその発言ですが、考えてみたら本当にそうですよね。

昔と違って、今は、やたらと書類提出が多い、という話もよく聞きます。先生が書類に追われ、子どもたちと関わる時間が少なくなってしまったり、授業の準備ができない、という状況だとしたら、全く本末転倒です。こうした実態をきめこまやかに調査して、本当に子どもたちにとっていいl教育ができるように、学校・教師の環境を整備することが必要ではないか、と感じました。

もちろん、どんなにいい環境を整えても、ダメな教師はダメ。それは、「教師の質」の問題です。その点は、人事権の自治体への委譲を踏まえ、今後も変わらず、議会で厳しく注文し、追及していきたいと思います。

 

 

8月21日(土) 「画期的な教育改革」を推進した大瀬校長を想う

茅ヶ崎市立浜之郷小学校、知る人ぞ知る、「教育改革」「学校改革」で有名な小学校です。

私は、3年前だったと思いますが、この小学校に視察に行ったことがあり、改革の父ともいえる大瀬敏昭校長先生から直接、話を伺ったことがあります。

教師が本来の仕事に専念できるように、できるだけ公務分掌(授業や学級経営以外の教員の仕事)を減らし(ひとつの分掌はひとりで担う。打ち合わせの必要がなくなり、いくつもの仕事を持たなくてすむ)職員会議や打ち合わせを減らして(基本的には連絡事項は掲示板を見る)教材研究や子どもたちといる時間を確保した、ということです。

また、子どもたちにとってわかりやすくてよい授業ができるように、研究授業を1年間に150回以上も行ない、そこには全国から毎回何百人も視察に来る、というオープンな公開授業を展開しています。授業の時間も45分という画一的なやり方を外し、チャイムを鳴らさないで柔軟に対応できるようにする、という方法をとっていました。

大瀬校長先生は、とても熱意のある、教育に対する想いの感じられるすばらしい方でした。こういう先生が学校のトップにいたら、学校は変わるだろうなぁ、こんな学校で子どもが学べたら、どんなに幸せだろう、と思ったのを覚えています。

今年の1月・・・、新聞で大瀬先生の訃報を知った時にはびっくりしました。その数日後に、テレビのドキュメンタリー番組で、大瀬先生のことが放映され、胸が熱くなりました。

そして、先週の13日の日経新聞『明日への話題』欄、「大瀬校長が遺したもの」というタイトルが。読んでみてわかったのですが、大瀬校長のお兄様は、富士電機で副社長を務めた方で著者(富士電機ホールディングス相談役 加藤文夫氏)と長く一緒に仕事をされていたということでした。

 

記事にもありますが、大瀬校長は、ガンに侵され、医者に余命3ヶ月と宣告されてからも最期まで教壇に立って「命の授業」を続けた。そのことで有名になっていますが、兄上によると、「弟が知ってもらいたいのは、現場の責任者として取りくんだ教育改革の方だと思いますよ」という。(まさしく、その通り!だと思いました)

この「浜之郷小学校」の教育改革については、大瀬校長が中心となってまとめた本が出されています(『学校を創る〜浜之郷小学校の誕生と実践』『学校を変える〜浜之郷小学校の5年間』 著者代表 大瀬敏昭) 

ひとつ、私がとても嬉しかったのは、この本の内容を自分の小学校の先生にも知ってほしいと思い、自費で購入し全教員に配った、という小学校の校長先生がいらっしゃることです。偶然その話を伺って驚きました。世田谷区の小学校にもそんなすてきな校長先生がいるんですね!

熊本哲之区長は、「教育はすべての原点である」と延べ、「教育改革に力を入れたい」と言っています。また、この4月から、教育現場をよくご存知の若井田正文教育長(元都立高校の数学の先生。NHK教育テレビの数学教室の先生だったことでも有名。世田谷区教育委員会の前教育指導課長)が就任し、現在、『世田谷区教育ビジョン』を策定中です。ぜひとも、子どもたちのためになる教育改革が実施できるような夢のあるビジョンを描いて頂きたい、と思います。

 

   ※『教育についてのアンケート』結果について

今日、『教育についてのアンケート』の結果を教えて下さい、というメールを頂きました。

『田中優子レポートNO.5』に同封したアンケートハガキですが、おかげ様で約130通の返信がありましたメールで回答してくださった方もあります。ご協力頂きまして有難うございました。自由意見欄にも、色々なご意見を頂いております。私自身は目を通しておりますが、これをどのようにまとめようか、現在思案中です。

『田中優子レポートNO.6』には、結果を載せるつもりでおりますので、もうしばらくお待ち下さい。(この夏の入院&療養で、レポート発行予定が遅れております。まだまだ本調子ではなく、無理できない状況です。すみません!)

尚、区政報告レポートは、年2回程度発行の予定ですが、郵送をご希望の方は、メールでお名前とご住所をご連絡下さい。次回からお送り致します(無料です)

過去のレポートについては、このホームページのレポートのところを一新して、全部載せたいと思っていますが、現在準備中です。こちらも、もうしばらくお待ち下さい。

 

 

 

8月20日(金) 姉妹都市交流準備会

世田谷区では、海外姉妹都市として、カナダのマニトバ州ウィニペグ市、オーストラリアのバンバリー市、オーストリアのウィーン市ドゥブリング区、の3ヶ所と、小中学生の交換留学生事業などを中心として、交流をしています。この3ヶ所の都市とは、5年ごとに、姉妹都市○周年調印式を行なっていて、区長、議長、区議団が出かける、という「姉妹都市交流事業」が実施されています。区民団も(自費ですが)希望者で組織され、一緒に調印式のセレモニーや交流パーティーに参加できる催しとなっています。 

今年は、10月末に、オーストリアのドゥブリング区にて20周年の調印式が行なわれます。各会派から代表して10名のメンバーが訪問区議団を結成して出かける予定です(これは、9月議会での議案となります)。「せたがや政策会議」からは、私が代表して行くことになり、今日はその準備会に参加しました。

その昔は、「海外視察」というものがあったそうで、何と21日間も!(予算規模一人150万円とか?)海外の色々な都市を見て(視て?観て?)回ったそうですが、現在では「海外視察」はなくなり、5年に一度の姉妹都市交流のみとなりました。日程は10日以内、予算は一人(旅費65万円+現地での委託費15万円で合計)80万円、となっています。これはあくまでも上限です)

そして、その度ごとに話し合いで決めるのですが、せっかく交通費をかけて出かけるのだかから、交流事業のみで帰るのではなく、経由地であれば視察をして帰国する、というスケジュールになることが多いです。(もちろん、帰国してから視察報告書を作成します)

私は、スケジュールや視察費用について、できるだけ情報公開しながら参加したいと思っています。

現段階では、日程、業者選定、費用等、まだ「案」の段階ですので、詳細については決定次第、ご報告致します(先にも述べましたように、9月議会の議決事項ですのでその後に)

尚、今年訪問する予定の姉妹都市の説明は以下の通りです(区のホームページより) 

 ドゥブリング区(オーストリア共和国・ウィーン市)

ドゥブリング区は、23の区からなるウィーン市の第19区で、市内北西部に位置します。ウィーンの森とドナウ川に囲まれ、ブドウ畑の広がる閑静な住宅街です。
1985年に姉妹都市提携を結び、日本庭園『世田谷パルク』の造園協力や、両区の音楽団体のコンサート開催など、交流が進んでいます。小学生訪問は2003年で12回目を数えます。

 

またもや、パソコンのトラブル !

※機械に弱い私は、コンピュータのことでは悩まされることばかりですが、今日は何と、午後2時頃から毎分毎分ウィルスメールが届く(と同時に、“ウィルスメールを探知したので添付ファイルを削除しました”、というプロバイダーからのメールも届きます。なのでウィルス感染はしていないはずなのですが、あまりの量に閉口)・・・という惨事に見舞われています。

現在深夜0時過ぎ。もう10時間以上も、つまり、600通以上のウィルスメール(と、ウィルス添付ファイルを削除したという「お知らせメール」が同じ数だけ・・・)が来ていて、ひたすら削除していたのですが、受信拒否はできないものか、と色々試みていたら、とうとう、メールの受信BOXを開くことができなくなってしまいました。(頼みの夫もさすがにこの状況はわからない・・・と)

何という事でしょう!!だいたい、どうしてこんないたずらをする人間がいるの?!本当に頭に来ます!!この状態、明日もずーっと続くのだろうか?永遠に?これって、私個人のアドレスが狙われているということなのか、不特定多数の人にこの毎分攻撃メールが届いているのか?どなたかわかる方、同じ被害にあわれたことのある方、対処の仕方のアイディアがある方、教えて下さーい!! (8月21日午前0時半)

                    

その後・・・、深夜1時半からテレビでオリンピックの競泳を観ながら(女子自由形800m柴田亜衣選手の金メダルは立派!女子背泳200m中礼子選手の銅メダルもよかったー!)、夫が再びパソコン修理に奮闘。修復作業の指示に従ってすべて試みた、にもかかわらず、受信メールBOXは開かない。あきらめて、最初からソフトをインストールし直しました。それでも、古いものが残っていてそのまま出てきてしまう。(サイアク・・・)

仕方がないので、違うソフトでメール対応することにしました。幸い、アドレス帳と送信メールは残っていたのでそれだけが救い・・・。受信メールの情報はすべて闇の中です。(あー) もし、昨日メールを下さった方がありましたら、送り直して頂けますか。よろしくお願いします。  (8月21日午前11時半)

 

 

 

8月19日(木) 文教委員会視察報告・その2 「東北公益文科大学」

先月15日〜16日に行った、議会の文教委員会の視察ですが、「視察報告その1」(7月19日)では、鶴岡市立朝暘第一小学校の図書館利用の取り組みについて(活気があってすばらしい活動だった!と)ご報告致しましたが、今回は、初日に行った「東北公益文科大学」について報告致します。 

山形県酒田市にある東北公益文科大学は、県と地域の14市町村が中心となり設立された公設民営の大学です。現在、学生数は約1000人。新しくてきれいで、最新機器を導入した講義室、高度なコンピューター利用環境や研究室など設備も十分整っています。特に、学生寮(ドミトリー)の建物がおしゃれでした。 


地域交流を重視し、地域貢献が出来るように、と、メディアセンター(図書館)、カフェテリアなども一般開放しています。

 

             メディアセンター                      カフェテラス

「この街に大学ができたことで、自治体としては何が一番良かったか?」という私の質問には、「若い人がいる、ということで、街全体に活気が出る、ということと、街の人たちに対して文化や学問を発信する、という役割も期待できる」ということでした。一種の町興し事業、と言えるのかもしれません。

 

          東北公益文科大学にて説明を受ける  (写真右)一番右が小松隆二学長

慶応義塾大学との連携で、教育・運営面でも最先端のノウハウが生かされているとのこと。少子化で大学の生き残りが話題となっている昨今ですが、この「東北公益文化大学」が、これからこの街(山形県酒田市)の中心となって文化を発信していくことでしょう。

また、世田谷区においても、区内大学との連携、ということが重要視されてきます。メディアセンターの市民への開放など、区内大学でもすでに行なっているところもありますが、まだまだ区民に周知されていません。情報発信機能も含め、今後さらに大学が地域に役立つ存在となるように、区としても働きかけていくべきだと思いました。

                 文教委員会視察 集合写真 (最前列左が私)

 

 

8月18日(水) 「今、キャリアカウンセラーが注目されている!」アメリカから友人が報告

本日の日経新聞の夕刊(生活欄)に、友人の鶴田育子さんの記事が載っていました。

アメリカでは、雇用の流動化が進み、就職やキャリア開発、再就職、転職などの相談にのる「キャリアカウンセラー」の存在が欠かせなくなってきており、資格認定が広がっているということです。

タイで知り合った鶴田育子さん。ジャーナリストとして、バンコクをベースにベトナム、カンボジアの取材をはじめ、ベトナムの結合体双生児ベトちゃんドクちゃんが5歳のころから、分離手術を経て17歳になるまで継続取材していました。今はアメリカ・サンフランシスコで、文筆家として、またカウンセラーとして活躍しています。今年、サンフランシスコ州立大学院修士課程を修了し、「全米認定カウンセラー」となったそうです。

新聞記事によると、日本でも、厚生労働省が、「2002年度から5年間で5万人のキャリアコンサルタントを育成する」という目標を掲げているが、統一資格はなく、民間企業が独自の名称で講座を開いて資格を与えている状況で、質の向上は今後の課題だということ。

その点、アメリカではカウンセリングそのものが進んでいますし、社会状況に合わせて、必要な資格をすぐに用意する、という体制が整っているなぁ、と思いました。その先端で、友人が言葉の壁を乗り越えて頑張っている、ということに感動を覚えています。私も、ますます頑張らなくちゃー!と思いました。

 

 

 

 

8月17日(火) 「美浜原発」に続き、福島県新地町でも同じ現象の事故が!

今月15日に、福島県新地町の相馬共同火力発電・新地発電所2号機で、タービン建屋内で配管が破裂、蒸気が漏れる事故があり、運転を停止していたことがわかった・・・ということです。けが人はなかったそうですが、美浜原発事故と同様、配管の破裂個所の周囲で、肉厚が薄くなる減肉現象が確認されたといいます。

美浜原発の事故を受け、経済産業省原子力安全・保安院が全国の火力発電所に配管点検の状況を報告させている最中のことで、破裂した配管は運転を始めた95年以来点検したことがなく、保安院の調査対象になっていたそうです。

美浜原発の事故では4人が死亡、7人が重軽傷を負う、史上最悪の犠牲者が出ています。放射能漏れの可能性はない、ということだけが唯一の救いではありますが、これでは「原発は安全」などとはとても言えない!と、思います。

美浜原発の事故後に行なわれた点検作業では、他にも4基で、配管の厚みの検査漏れがあったと発表されました。美浜3号機のものは、計算上の寿命を9年以上過ぎていた、ということです。恐ろしいことですね!本当にこれだけなの?と疑いたくもなってしまいます。

そこで、思い出したのが、映画「東京原発」。あの映画はやはり真実を物語っているのではないか、と思われてなりません(7月25日の活動日誌参照)。文庫本が出ていますので、映画を見ていない方は、ぜひこちらを読んで見てはいかがでしょうか。(竹書房文庫 590円+税)


ばかみたいに思えても、繰り返しの点検は何より大切!

私が入院していた病院の婦人科は、看護士さんは(全員女性でしたが)、優しいだけでなく、確実に仕事をこなす、という姿勢にとても好感が持てました。特に、以下の2点には感心しました。


1. 日中と夜勤とで交代があるたびに、患者全員に「今日(夜間)担当します○○と申します。よろしくお願いいたします」と挨拶にくる。
2. 点滴薬や採決の容器など、必ず、名前を見せて「田中優子様ですね、確認をお願いします」と、本人に確認を求め、患者の方も手首に巻いた名前のテープをいちいち見せる。

もう患者の名前だって覚えているし、わかりきっていてばかみたい、なことのようですが、こうしたことが、事故を防ぐのに一番大切なことなのだろうなぁ、と改めて勉強になりました。慣れてきた頃に、いつもの手順を省略したり油断したりして、大きな事故につながる、ということがあるものです。徹底してこの確認をしているところは信頼に値すると思いました。

医療ミスを防ぐことも、原発の事故を防ぐことも、事故予防の原点は同じはずです。安全対策をもっと確実に誠実にやってもらわなければ、私たち国民は安心して生活できません。しっかりしてくれー!!と言いたいですね。

 

 

8月16日(月) 政務調査費について

8月14日(土)の日本テレビ「報道特捜プロジェクト」で、練馬区議の政務調査費について取り上げていたのをご覧になった方、いらっしゃいますか。

市民オンブズマンの指摘で、架空領収書、議員本人の偽造領収書、選挙事前運動にあたる寄付行為と思われる支出、自宅光熱費も計上・・・等々、フツウの市民がみたら「おかしい!」と思うようなことが明らかにされていました。一方で、書籍などの資料購入(誰が見てもこれなら調査研究に使われた、と思える項目)はほんのわずか。

また、政務調査費の目的外使用に罰則はなく、おかしいと指摘されたら返却すればそれで済む、ということに対しての、視聴者の怒りも大きかったことと思います。(品川区の自民党区議団が、キャバレーなどの領収書があることを区民オンブズマンに指摘され返却した、ということが以前ありました。こちらをご参照下さい)

確かに、報道されたような実態がある、ということは、許されることではありません。
議員報酬の他に、政務調査費が出されているのは、行政(首長)に対してしっかりチェック機能が果たせるように、議員として力をつけるための調査・研究を保障する、という意味があるのだ、と、私は理解していますが、その期待に沿った使い方をするのが当然の議員の責務でしょう。

※ちなみに、『地方議会運営辞典』では、政務調査費について次のように解釈しています。
地方議会においても、その活性化を図るためには、審議能力を強化していくことが必要不可欠であり、地方議会の調査活動基盤の充実を図る観点から、自治法上制度化されている。

 

議員の中には、政務調査費の使い道を詳細に報告している人もいます。(「せたがや政策会議幹事長の大庭正明議員はすべての領収書を公開。横須賀市議会の藤野英明議員も、それはすばらしい情報公開をしています。他にも、いわゆる無所属系、市民派議員、という立場の議員たちが公開しているケースが多いですね) 私も、平成15年度の使い道に関しては、この活動日誌で報告しています。

ただ、「報道特捜プロジェクト」という番組では、「政務調査費なんかいらないじゃないか!」と、視聴者のほとんどが思ってしまうようなつくりとなっていたのが残念でした。議員がきちんと勉強したり、調査・研究活動や広報広聴活動をすれば、やはりそれなりの経費がかかります。

問題は、有権者が納得できるような使い方がなされているかどうか、という点だと思うのです。それらは、議員を選ぶ側がチェックすべき項目だと思います。どうせ、ちゃんとやる議員なんていない、と思って選挙を棄権していたら(何しろ6割の有権者が棄権、ですからね・・・)、政治の世界は変わりません。政治を市民感覚、市民の良識に変えるのは、皆さんの力なのだ、と思います。

 

 

8月15日(日) 「大田区平和都市宣言記念花火の祭典」へ

終戦記念日の今日、「大田区では昭和59年に平和都市宣言を行い、62年からはこれを記念して、毎年8月15日に花火の祭典を実施している」そうです(会場は、西六郷4丁目の玉川河川敷。担当は国際・交流支援課)。私は、今年初めて、家族でその花火大会を見に行きました(まだ完全に快復してはいませんが、一応、“快気祝い”ということで)

今回は、屋形船を予約していたので、花火がとても近く見えて、音も迫力があり、水面にも光が映って、それはそれはきれいでした。

 
 

ちなみに世田谷区では、昭和60年に「平和都市宣言」を行っています。(平和に関する事業はこちらをご参照下さい)

毎年、終戦記念日には、戦争関連のドラマやスペシャル番組がいくつも放映されますが、今年は「アテネ・オリンピック」と重なっているので、テレビ番組もそればかりですね。でも、オリンピックは平和の祭典、とも言えるものですから、これを機会に、世界の色々な国を知り、一堂に会してスポーツができることを喜び、たたえ、応援することはとてもいいことだと思います。

ただ、イラクの停戦が合意できなかったことは残念です。それから、アテネにおいて、絶対にテロなどが起こらないよう祈っています!!

 

※今日、(花火の祭典の待ち合わせがうまく行かず)世田谷区松原5丁目周辺で迷子になってしまった私の母を、車で案内して下さったご夫妻がいらっしゃいましたが、本当に有難うございました。その時の状況が飲み込めていなくて、その場でお名前を聞くこともできずに失礼してしまったこと、心苦しく思っております。お許し下さい。心より感謝しております。(もし、私のホームページをご覧頂けたら、ぜひご連絡下さいますようお願い致します。電話3322-8131)

 

 

8月14日(土) 文教委員会(7月27日)の報告

遅くなりました!7月27日に行なわれた「文教常任委員会」の報告です。

【報告事項】

1.区立塚戸小学校増改築計画について
この学区域では、青山学院大学跡地に、1036戸の集合住宅が建てられるため、児童数の増加が見込まれます。そのため、学校敷地西側に約1200uの用地を確保し、教室、給食室等の増築を行ないます
用地取得額については補正予算で対応する
金額を質問しましたが、現段階ではまだわからない)ということ。完成は、平成18年9月の予定ですが、その年4月から児童の増加が見込まれるので、何とか早く完成させ、4月から仮説校舎を使わずに全員が学べるよう、議会としても協力したいし、行政も最大限の努力をしてほしい、ということを私からは要望しておきました。

2.区立羽根木・旭幼稚園に係る保護者説明会の開催結果について
幼稚園機能を廃止して、幼稚園と保育園の両方の機能をそなえた新型施設に転換する、ということに関しての保護者説明会が、羽根木・旭幼稚園において、各2回ずつ開催され、その内容についての報告書が出されました。
私も、羽根木幼稚園の説明会を傍聴に行きました7月25日の活動日誌参照)が、区民の方々の様々な不安、心配に対して、行政側の説明の仕方が今ひとつわかりにくい、という気がしました。(だから、よけい、不安をあおってしまう、という悪循環)
この件に関しては、議会の議決はこれからですが、議会としては概ね(全会派、というわけではありませんが、過半数を超えて)賛成の立場をとっているので、文教委員会においては質疑は出ませんでした。(翌日の「福祉保健常任委員会」でも同じ報告が出されましたが、そこで反対の意思を表明したのは共産党・里吉委員のみだったということです)

3.旧池尻中学校体育館棟の運営について
隣接する池尻小学校の第二体育館という位置付けになることは昨年12月の教育委員会で決定していますが、具体的な運営方法についての報告がありました。音楽室やパソコンルームなども地域開放の対象となるので、周辺住民の方々にとって便利な施設となることでしょう。

4.事故報告について
7月14日(水)午後4時ごろ、区立山野小学校新BOP室の麦茶の保冷器にタバコが入っていた事件。5人の児童が飲んでしまい、念のため、成育医療センターで診断してもらったが異常はなかった。その後、小学校全校児童の家庭へ事故の概要とお詫びの文書を配布した、ということ。
この事故は、外部職員が山野小を訪れたときにタバコの箱をうっかり落としてしまい、誰かが麦茶の保冷器に入れた、ということですが、翌日の新聞にも載ってしまった経緯があり、周辺の学校の保護者の間では、噂が噂を呼び、「学校に変質者が侵入してやったのでは?というような恐ろしい話」として伝わっていたようです。(情報ってなかなか正確には伝わらないものですね)
私からは、教育委員会に、「正確に情報が伝わるように発信すること」「必要な情報は最初からきちんと出すこと」、についてもう少し配慮するよう要望しました。

【協議事項

行政視察の成果について
どの委員からも、山形県鶴岡市立朝暘第一小学校の図書館を活用した授業や読書指導の取り組みはすばらしかった!という絶賛の意見が出されました。議員だけでなく、図書指導関係の学校の先生など、ぜひとも現場の先生方に視察して頂き、世田谷区においても「本を読むのが大好き!」という子どもたちを育ててほしい、と思います。そういう予算や機会はないのか?と指導課長に質問したところ、色々な研修の機会はあるようですから、今後、生かしてほしい、と思います。


※「アテネオリンピック」が開幕しました。頑張れ!日本選手団!!

 

8月13日(金) 会派ミーティング(手術後、初めて役所へ)

今日は、会派ミーティングがあったので、久しぶりに役所に行きました。
まだ傷口周辺は麻痺状態で腹筋に力が入らないため、歩くのは、一歩一歩、ゆっくりと・・・。でも、ここ数日間は、家の中でパジャマで過ごしていたので、外は暑いけれど、お日様がなつかしい〜!気持ちいい〜!という感じでした。

会派ミーティングでは、「議会改革について」、「区立保育園の民間移設について(幹事長宛ての区民からの手紙の対応について)」、「今月の会派スケジュールの確認」、「ブックスタートについて」議論や話し合いをしました。

「ブックスタート」とは・・・「イギリスで発祥した、赤ちゃんの肌のぬくもりを感じながらことばと心を通わす、そのかけがえのないひとときを“絵本”を介して持つことを応援する運動」で、具体的には、「乳幼児健診などで、全員に絵本を2、3冊配布する」、というものです。今日は、NPO法人ブックスタートの事務局長の方が会派控室に来られて、お話を伺いました。

(これについては、以前より、他会派の議員が何回も議会質問に取り上げていますし、私自身も担当者からヒアリングをしたことがあります。現在、世田谷区では、絵本を配るというところまでは財政的に厳しくてできないので、どんな絵本があるか、という紹介冊子を配布している状況です)

絵本そのもの(現物)がもらえれば、即、ページを開くことができるので、「ブックスタート」となるわけですから、紹介冊子よりもずっと効果があるでしょう。財政的に許されるのであれば、こうした運動は大賛成!です。・・・ですが、例えば、絵本を2冊(出版社に原価で協力してもらうという事ですが)+布製のバッグ+子育て情報紙等々をいれるファイル、のセットで、一人分約1500円かかります。それを全員に配布して、どれだけ使われるか?行政からもらわなくても、とっくに赤ちゃんに絵本を見せている、という保護者も大勢いることでしょうし、たとえ絵本をもらっても「(ブック)スタート」しない保護者も相当数いるかもしれません。

説明して下さった方も仰っておられましたが、これは、議会で圧力をかけるとか、行政に売り込む、というものではなく、十分な議論を経て、区民の中から(読み聞かせボランティアなど地域で本に関わる活動をしている方々がたくさんいる、そういう中から)「ぜひやりたい」「世田谷区でもやりましょう!」と、機が熟した上で始めるのがいい、ということでした。それについては、私も同感です。優先順位を上げるには、区民の中での、この運動に対する広がりが必要だと思います。

今後、もし世田谷でやるとしたら、もうひと工夫して、世田谷らしい、世田谷ブランドが輝くようなオリジナル・ブックスタートができるといいよね、という話で、会派としては盛り上がりました。


・・・久しぶりの役所でしたが、まだ、長い時間垂直姿勢でいると疲れます。“横になりたいなー”と。また、残念ながら、お腹の痛みもなかなかとれません。でも、外に出ることで、気分転換になりましたし、私の好きな「仕事モード」を感じることができて、満足の一日でした。

 

 


8月12日(木) 「今年の夏休み〜入院・手術・療養」の報告
         その4 退院&快復に向かう

手術後6日目、切った傷口を止めていた金具(ホチキスのようなもの×18個)が取り外されました。傷はきれいについている、ということで一安心。表面の傷は横に16.5cm。でも、中では、筋膜と腹膜を縦に(下腹部からおへその方まで)かなり切り込んでいる、ということです。お腹全体が腫れていて痛いわけです・・・。

   

表面の傷周辺は、しびれがあり麻痺している・・・。これは、腹部を横に切っているので、縦に走っている神経がすべて切断されてしまっていることにより起こる現象だそうです。しばらくするとつながるということですが、中には元に戻らずに機能障害を来たす場合もあるようです。

(残念ながら、手術の後遺症に悩まされている人って結構いるんですよね.。特に“尿意”がクセモノだと聞いています。今のところそれは大丈夫のようですが、まだ皮膚層は麻痺状態なので、すべての感覚が戻るかどうか、ちょっと心配です)

入院中は、痛み止めの薬も劇的に効く、ということがなく、気がついたら飲まずに我慢している、ということが多かったです。まあ、どんな痛みも、これまでの子宮腺筋症の発作の痛みを思えば耐えられる、という感じですが、それにしても腹部の腫れと痛みは不快・・・。加えてつらいのが、腸の痛み。相変わらず差し込むような(下痢がひどい時のような)痛みがしょっちゅう襲ってきます。

※写真は病院内のパウダールーム。シャワーができなくても髪が洗えます。ドライヤーも完備。こういう施設はありがたかったです。

 

手術後7日目に診察があり、傷の経過、その他の値(血液、血圧、体温等々)も順調とのこと。ただ痛みがあるので退院をあと2、3日延ばしてもいいと言われましたが、8日の神宮の花火を家族で見に行く予定だったので、(この痛みを抱えたまま?とちょっと不安ではありましたが)8月7日、10日間の入院生活を終え退院しました。

(本当は1週間もあれば十分だろう、と思っていたので、長い入院&療養となりました)

結果的に、退院を延ばさなくてよかった、です。
家に着いたら、即、洗濯。そして、パソコンのスイッチを入れ、メールやいつも見ているサイトのチェック、郵便物等々のチェック・・・、と早速やることがたくさんあります。

相変わらずお腹は痛いのですが、やることが多いので、気が紛れます。それから、病院では限られた運動しかできませんが、家にいると、無意識の内にも実に様々な動きや姿勢をとっているんですね(かかんだり、しゃがんだり)。それが、血液循環を促し、快復にいい影響を与えているみたいです。神宮の花火大会も観に行くことができましたしー。

     

今(8月12日)現在は、やっと、“くしゃみをしても何とか耐えられる程度の痛み”になりました。一昨日までは、くしゃみをしたら最後!お腹に響いて、転げ回るほどの痛みに襲われていたのです(筋膜や腹膜を縫い合わせた傷がまだくっついていない、という感じ)。快復が実感できて嬉しいです。

 

私のことをよく知っている友人の皆様、
「病院では寝るのが仕事ですよ!」
「身体に悪いことをしないように!(パソコンのこと?)
「全身麻酔で開腹手術をしたことを忘れずに!」
「頑張ったらダメ!時には休む勇気も必要!」
「とにかく術後は睡眠をよくとって!」
「あまりに元気で明るいのも問題!もっと具合が悪いことをアピールしなくちゃだめ!」
等々、適切な(?)ご忠告を有難うございましたー!

「どうせ言うこと聞かないと思うけれど」
と、(ほとんどの人が)この枕詞つきだったのが印象的でした(笑)。 

「入院・手術・療養記」(完)

 

【体験記の連載を終えて】

   

今回の経験を通じ、私は様々なこと学び、また気づかされることが多々ありました。

こうした婦人科特有の病気と向き合わなければならない状況になると、「女性であること=産むことのできる性」であるがゆえの問題にも直面します。

そこで、「女性外来」、「生殖と医療」、「女性としての将来」、「心理・精神面」、「痛み・苦痛と日常生活」、「周囲の理解、無理解」、「医療の現場」、「手術の危険性と可能性」、「手術費用」、「経済コスト」、「名医、名病院の探し方」、「西洋医学と東洋医学」・・・・などのキーワードで、今後、調査・研究をしていきたいと思います。

特に、今回の体験で私が感じたことは(上記、掲げたように様々ありますが、これまであまり考えたことのなかった)経済面において、「健康であることはそれだけで貯金しているのと同じだ!」と、実感したことです。(病気治療にはお金がかかります!)

ぜひ、皆様の体験、ご意見など、お寄せ下さい。お待ちしております。
(プライバシーには十分に配慮することをお約束いたします)
(E-mail setagaya@tanakayuko.net  FAX 03-3322-8131)

 

 

8月11日(水) 「今年の夏休み〜入院・手術・療養」の報告
         その3 手術後・・・

   

通常のプログラムでは、子宮全摘手術の場合、術後2日目から歩く、となっています。
(今は、とにかく早く歩いて、どんどん動いて、血流を促し身体機能を快復させる、という医療が行われているようですね)

動けない、ということがこれほどつらいことか実感できたのは、色々な意味でよい経験だったと思いますが、私は、一日前倒しで、手術の翌日の午前中から歩きました。

背中からチューブで導入されている薬のせいで左の腰から太ももまでしびれていて感覚がありません。それでもひざ下の感覚を頼りに、ゆっくり歩くことができました。「やったー!!」

身体状況としては、お腹がパンパンに腫れていて、つっぱっている状態。左半身は麻痺(しびれたまま)・・・と、結構つらい。じっとしていると痛みばかり感じるので、地下の売店まで出かけたり、できるだけ動くようにしていました。

昼から五分粥がでて、口からモノを入れるのは1日半ぶりのこと、感激!でした。

この日は、隅田川の花火大会。13階のロビーから見える、という情報を看護士の方から聞いて、見に行きました。ちょっと遠かった(花火は小さめだった)けれど、しっかり見えて嬉しかったです。

手術後2日目には、背中から入っていたチューブが抜かれ、数時間後には左半身の感覚が戻ってきました。・・・が、それと同時に、どんどん痛みが増してくる。まるで熱した鉄板がお腹に乗っているような感じ。重くて痛くて突っ張っていて・・・。座薬や飲み薬を使っても治まりません。

傷の痛みのほかに、全身麻酔の後遺症もあるようです。動いていなかった胃腸が徐々に働き始めたものの、まだうまく動かない、そんな感じで、胃の痛みも加わり、気持ちも悪くなってきました。(全身麻酔って、やはり相当、身体に無理があるものなのですね)

手術後5日間はそんな感じで、少しずつ、お腹の腫れがひいたり、胃薬で胃の痛みが弱まったりしたものの、頭痛が起きたり、腸の動きとともに差し込むような痛みが走ったり、と、かなりつらい日々でした。

   

とはいえ、めげずに、歩いたり、ベッドの上でストレッチをしたり・・・(他にやることないし)

幸いなことに、血圧、体温、血液の状態、等々、すべて良好で順調な快復だったので、そういう意味では何も心配せずに過ごすことが出来ました。

術後4日目から、夫にノートパソコンを持ってきてもらい、この日誌の入力を始めました。消灯後1時間ぐらいは許されますが、それ以上やっていると看護士さんが見回りに来て「眠れませんか?」と心配されてしまうので、本当はもっともっとやりたいのだけれどあきらめて、軽い眠剤をもらって眠る、という日々でした。  (続く)

 

 

8月10日(火) 「今年の夏休み〜入院・手術・療養記」
         その2 10日間の入院&手術


7月27日に文教常任委員会が終わり、翌日、28日の午後、5つの委員会の報告(情報の共有化のため)を会派でおこないました。

その後、私は、入院のための荷物を用意したり、子どもの夏休みのスケジュールを確認したり、と、ぎりぎりまで大忙し。

   

29日(木)の午後、病院へ。今回は、必要最低限の人にしかこの件は知らせず、お見舞いも絶対に来ないで下さい、と(本当に失礼ながら)強行にお断りして、ほとんどの方には病院名もお知らせしないで、とにかく誰にも会わずにゆっくり休みたい、という思いで入院しました。

(結果、大正解だったと思います。いつ、誰が面会にくるかもしれない、と思っていたらとても休めたものではありません)

 

「全身麻酔は呼吸が止まる!」
・・・って知っていましたか?

手術前夜、麻酔医から説明を受けてびっくり!でした。
「それで、心臓は動いているんですか?」 
麻酔医「心臓と脳は動いているんですよ。不思議でしょう?」
「人工呼吸器を使って、手術が終わって、全身麻酔を止めて、自己呼吸を確認したら人工呼吸器を取り外します」、だそうです。(へぇ〜!)

実は、全身麻酔は、以前にも手術の話が出た時に手術をためらった要因の一つなのです。
私の知人に、麻酔のミスでこれまで通りには歩けなくなってしまった、という大変不幸な事故に遭われた方がいるのです(本当にお気の毒です)。そのことを麻酔医に話して、よーく注意してもらえるようお願いしました。

麻酔医の説明はとても丁寧で、危険を察知するための対策がどのように施されているかがよくわかり、これなら信頼できる、と感じました。(もちろん、手術ですから100%完璧に安全、とは言い切れませんが、いかに万全な体制を整えているか、が大事だと思います)

7月30日(金)、朝一番で手術は無事終了。手術自体は3時間かかり、部屋に戻ってくるまでには4時間あまりの時間が経過していました。全身麻酔の経験がある方はおわかりかと思いますが、全く記憶がない内に、もう終わっている、んですよね。気がついた時感じたのは、「のどが痛い・・・」ということ。人工呼吸の管が入って当たっていたのでしょう。

その日一日、色々な管につながれていて、ベッドから起き上がれません。絶飲絶食でもあります。痛み止めが効いていたので、痛みは大丈夫でしたが、動けないこと、水分がとれないこと、がつらかったです。もう寝返りはうっていい、ということだったので、(動くと傷口が痛みましたが)ベッドの柵を持って何度も左右に寝返りをうっていました。

夜中に痛みで目が覚めてしまい、痛み止めの座薬を使いましたが、2時間毎に目が覚める、という状況。

 

私が入院した病院では、手術用のストッキング(ハイソックス)と、ふくらはぎと太ももに巻きつける血圧測定器のような器具(圧迫ポンプ)が用意されていて、手術中と術後、動けない時に起こりやすい「肺塞栓症」や「血栓症」を防ぐ措置がとられていました。1分間に一度、右、左、交互に、血圧を測るときのように器具がちょうどいい加減にギューっと収縮して脚を刺激し、またスーっと緩む、それがつけている限り永遠に繰り返されるのです。 

   

この器具のおかげで、冷たくなったりむくんだりしやすい脚の血行が促進され、本当に助かったー!と、実感しました。何年か前に手術した友人から、「脚が冷たくなってしまってつらかった」と聞いていたので、今はこういう器具が用意されているのだなぁ、と感心しました。 (続く) 

 

 

8月9日(月) 「今年の夏休み〜入院・手術・療養記」 
        その1 これまでの経緯

誰よりも元気で健康だけがとりえ、という私ですが、以前から「月経困難症」がひどくて、毎月毎月とてもつらい状況でした。(小学生の時から水泳選手だったので、生理中の練習は“めちゃくちゃきつかった”ですね)

   
     

その症状(痛み)は、どんどん増していって、議員になった頃(5年前)から、市販の痛み止めはどれも効かなくなり、発作が始まると、何も出来ず、ただのた打ち回るしかない、という激痛に襲われる・・・ということの繰り返し。「この痛みは尋常ではない、あまりにもひどい!」と思っていたのですが、3年前のある日、とうとう耐えられなくなり、深夜、夫の車で救急外来に行ったのでした。

そこでの診断は、「子宮腺筋症子宮内膜症の一種)」。環境ホルモンの影響などで近年女性の間でとても増えている、といわれている病気です。
「これはものすごく痛くて薬はほとんど効きません」という医者の言葉・・・・。

以来、私と病気(激痛)との毎月毎月の闘いと治療が始まるわけですが、あらゆる手段(ホルモン治療から何から、でき得ることのすべて)を尽くしましたが、改善は見られず。とにかく、いつも強い痛み止め(飲み薬に座薬)を持って、何とか仕事をこなしてきました。

・・・でも、お腹に爆弾を抱えているようなもので、ちょっと痛み止めのタイミングをはずすと、まるで出産時の陣痛のような激痛に襲われ、5時間も6時間ものた打ち回る、ということの繰り返し・・・。これが、毎月。そして、1ヶ月の内、10日間は体調が悪くて、その間に何回も発作が起こる可能性がある、という状況だったのです。我ながら、こんなハンディを抱えてよく仕事してきたなぁ、と思います。

今回、手術の決心をしたのは、今年の3月の予算委員会3月17日の活動日誌参照)で、福祉保健の質問に出られなかったこと、が大きいです。それまでは何とかすり抜けて、仕事には影響のないようにやってきたのですが、仕事に穴をあけてしまってはどうしようもありません。このままではダメだ・・・と思いました。

でも、『東洋医学』的な考え方や治療法をも同時並行で選んできた私としては、身体にメスを入れる、というのはちょっと・・・、と、かなり抵抗がありました。

そんな時、ちょうど、いい病院を紹介してくださる方があり、また、同じ手術をした、という同級生の話を聞く機会があり(子宮を全摘してしまったらどんなに楽になることか!絶対にお勧め!というのです)、4月の段階で、手術をする決心をしたのでした。 (続く)

 

 

8月7日(土) パソコン修理顛末記

7月27日、「今日は文教常任委員会の報告だー!」と、パソコンに向かって打ち始めていたところ、何と言うことか?!近くに置いていた飲み物をキーボードにこぼしてしまいました!!「あっ!いけない!」と思った時すでに遅し・・・・。

   

私のパソコンはVAIOのキーボードと本体が一体型のものなので、案の定、パソコンの動きがおかしくなってきて、とうとうすべてのコマンドが利かなくなってしまいました。

急遽、以前(まだ自分で更新出来ない時に)ホームページのアップを依頼していた友人に「緊急のお知らせ」を載せてもらうよう頼んで、今日までその状態(更新ストップ)でおりました。

実は、私は、7月29日から1週間〜10日間、入院予定だったので、いずれにしてもしばらく更新できない状況だったのですが、でも、その直前にパソコンが壊れるとは、大変な心残りでした。入院前に、文教委員会と、女性議員連絡会主催の「DVについての勉強会」の報告を載せたい、と思っていたからです。(これらについては、日を改めて載せる予定)

その後、パソコンはどうなったかというと・・・・


『パソコン修理顛末記』

以前から私は、夫より「パソコンの近くには絶対に飲み物を置かないこと!」と、厳しく申し付けられておりました(私のやりそうなことは夫にはほとんど見抜かれているんですよねぇー)。「はぁ〜い」と言って、しばらくは守っていたのですが、その内「気をつけていれば大丈夫」という甘さが出てきて(あー、これって、どんな仕事にも起こり得る油断、ですよね。いけない、いけない!)、結果的にパソコンを壊してしまう、という事態に陥ってしまいました。

「一体何をこぼしたの?」 
「紅茶・・・(ミルクと砂糖入り、とは言えず・・・。私が一番好きな飲み物は牛乳と砂糖入りのミルクティーなのです)

「パソコン、私の入院中に修理に出しておいてね」、と頼んでおいたのですが、夫は「もしかしたら、これまでにキーボードにたまっていたホコリが、飲み物をこぼしたことで固まってしまったのではないか」とひらめいたらしく、キーボードの中を(文字盤をはずして)点検してみた、らしいのです。

「やっぱり・・・」だったそうで、裁縫箱から針を取り出し、ベビー用の細い綿棒と針で、一つひとつ、文字盤の中にたまっているホコリを取り除く作業をやった、ということ。作業時間約4時間。

そうしたら、見事に動いた!復帰した!ではありませんか!

というわけで、修理に出さずに直すことができました。退院後、すぐにパソコンが使える嬉しさ、といったら格別です。「バックアップも5月にしたままで、その後のデータは無くなってしまうのか・・・メールのアドレス帳、どうしよう?!」と、暗〜い気持ちでいたのですから、本当にこの機転の利く夫には感謝、感謝、であります。

 

※「2004年田中優子の夏休み」は、毎年恒例の家族でのタイ旅行もキャンセルし、病気治療と強制休養(?)の夏休み、です・・・が、7月29日〜8月7日までの10日間の「入院・手術・療養」の経緯については、追って活動日誌に載せたいと思います。(読んで頂ければわかりますが、全く深刻な病気ではありませんのでご心配なく&お楽しみに・・・??)





2003年の 「活動日誌」

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